「希少種狙うチョウマニア…保護区域が危ない!」(産経イザ!)。久々に絶滅の原因をマニアのせいだという印象を煽る報道を見た気がする。「朝鮮」「アカ」という名前がよくない、という話はおいといて…(お
こういう心ないマニアが少数いることは確かで、非常に残念なことではあるが、保護区を作らにゃならんほどに絶滅を心配しなければならなくなったのはマニアのせいでは断じてないし、そもそも少数のマニアが乱獲して絶滅するような昆虫はいない。だいたいチョウセンアカシジミなんてマニアしか知らんチョウが絶滅して困るのはマニアだけなのだ。自分たちをマニア (オタク) の一段上に置いて、一部の悪業を一般化した上でなにやら理解できない邪悪な趣味の持ち主、という態度で接するのは、アニメやゲームなどの分野にもよく見られることではあるが…
記事に出てくる「チョウセンアカシジミ」は、マニアの間で「ゼフィルス」(ローマの西風の神ゼフィロスに由来。かつては学名の一部 (属名) でもあった) と呼ばれるチョウの仲間。ゼフィルスは日本には25種類棲息しており (私の子供の頃には24種とされていたが、当時はアカシジミだと思われていた北海道のチョウが別種ということになって、最近キタアカシジミなる種が増えたらしい)、年に1回梅雨から初夏にかけて高い樹の上に棲息する共通点がある。多くはクヌギやコナラのようなドングリの樹の周辺に住むが、チョウセンアカシジミは野球のバットの材料として知られるトネリコの周辺に住むようだ (ゼフィルスの場合は一般に、どの樹の周辺に住むかは、それぞれの種の幼虫の食料に関係する)。シジミの名の通り、大きさは翼を広げた幅が2cmくらいと小さい。25種のうち半分くらいが「なんとかミドリシジミ」の和名を持つが、オスの羽の表面が緑色ないし青色の構造色にかがやき、非常に美しい。
国内に棲息し、アカシジミの和名を持つ種はチョウセンアカシジミの他に4種。チョウセンアカシジミの学名はCoreana raphaelis、それ以外にアカシジミ (Japonica lutea)、キタアカシジミ (Japonica onoi Murayama)、ウラナミアカシジミ (Japonica saepestriata)、ムモンアカシジミ (Shirozua jonasi) が棲息する。チョウセンアカシジミ属がCoreanaなのに日本にもいるのと同様、アカシジミ属はJaponicaだからといって日本固有種ということではない。ムモンアカシジミ属のShirozuaは、おそらく日本鱗翅学会の白水 (しろうず) 隆・名誉会長の名に由来するのだろう。いずれも美しいオレンジ色が特徴的である。
こうした美しさと、個体数の少なさ、棲息地と期間が限られていること、樹上に住むことによる捕獲の難しさなどからマニアの人気は高い。つなぎざお (もともと釣竿の用語なんだと思う。普段は5分割くらいになっていて、使うときに繋ぐ) と称する10m近くもあるような捕虫網を使って取るんだが、普通はもっと高いところにいるし、木の上はよく見えないし、細かい動きはできないしでそう簡単には捕獲できない。自宅にドングリの木を植えて、記事にあるように卵から育てるマニアも多い (←父のことだ。おかげで庭が雑木林のようだった)。
多くのゼフィルスが希少種であるのは事実で、こぞって捕獲しようとするマニアがいるのも事実だが、これを希少なマグロを人間が捕獲するので絶滅の危機、とかいうのと並べるのはフェアではない。昆虫の個体数は絶滅の危機にあっても何桁も多いし、捕獲する人の数も彼ら一人ひとりが捕獲できる数もずっと少ない。ゼフィルス類の多くが希少になったのは、彼らの棲息する雑木林がどんどん杉林や宅地になってしまったのが主因である。人間が快適に暮らすためにやってきたことであって、それとマイナーな昆虫の絶滅をはかりにかけたら前者を選ぶ人の方が多くても仕方がない。したがって、絶滅の原因をマニアに押し付けることは、元昆虫少年として許容できない。
ところで記事中に出てくる日本蝶類学会というのは初めて聞く名なので調べてみたら、92年設立の新しい学会のようだ。この分野の著名な学会は昆虫学会や鱗翅学会あたり。分類学上チョウとガの間に違いはなく、どちらも鱗翅目。ヘッセだったかの短編にヤママユガをチョウと呼んでいるものがあってものすごい違和感を感じたものだが、あれはドイツ語にチョウとガの区別がないせいだろう。英語のbutterflyとmothの対応が、日本語のチョウとガの対応と一致するかどうかも怪しいところだと思う。
もう一つ。記事中にも保護団体が登場するが、一昔前の保護活動といえば、希少種の棲息する周辺を公園にして整備することだった。さすがに最近はそういう逆効果しかないような活動はないと信じたい。
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