まずは形から

イギリスの影の内閣てのは、法的な裏づけがあって、公職として給与まで出るらしい。さすが二大政党制の歴史が長い国だけある。

日本の政権交代にあたって、民主党はこれをお手本にして作ってあった次の内閣をほぼ無視して進めているようだ。一度決まったと報道されたものをひっくり返してみたり、社民党や国民新党のわがままに振り回されたりと難航している (これが自民党政権だったら「ブレまくり」と批判されるところだろう)。事情もあるだろうが、基本的には形から入ってみたものの、うまく機能しなかった例だと思える。

新聞などに載っている世論調査などを見ると、民主党の政策のうち、彼らが目玉だと思っていた子供手当てや高速道路無料化の評判は悪いが、官僚政治の打破だとか、無駄の排除といったあたりは割と期待されている。官僚がいつからか絶対的な悪役になってしまったのはなぜかなぁというのも興味深いが、国家戦略局、事務次官会議の廃止、国会議員100人の霞ヶ関乗り込み、という形も興味深い。

橋本内閣による省庁再編は、省庁をくっつけて巨大官庁を作っただけ、とか、看板掛け替えただけ、とかいろいろ批判もされたが、大蔵省は逆に分割されている。金融行政の機能は金融庁として独立したほか、大蔵省主計局の大きな権力となっていた予算編成権は取り上げられて新設の経済財政諮問会議に移された。おまけに、大宝律令以来という、日本の官僚制度と同じ長さの歴史を持つ「大蔵」という名前まで引っぺがされたのは、省庁再編の裏の目的が大蔵省の解体にあったからではないかと思える (国鉄分割民営化の裏の目的が国労解体にあったように)。

経済財政諮問会議と財務省はともに2001年の1月に発足したが、低支持率にあえぐ当時の森内閣はこれをろくに活用しないままその3カ月余り後に総辞職し、小泉内閣が発足した。諮問会議はこの小泉内閣で郵政民営化をはじめとする改革の司令塔として活躍したことは記憶に新しい。予算編成も、「骨太の方針」という名の指針が毎年示され、これに肉付けしていく形で行われるようになった。諮問会議のメンバーは、首相と担当の経済財政政策担当大臣など5名の閣僚に日銀総裁、そして民間人として学者と財界人が2名ずつ、というのが慣例で、官僚の入る余地はない (事務局のような裏方は官僚だが)。とはいえ、その後の内閣が官僚寄りになるにつれ、その過半数を占める閣僚が官僚の代弁者のような形になってくると、この前の補正に見られるような「ホチキス」になり下がってしまった。「形」だけじゃ駄目だね、という好例だ。

民主党の国家戦略局は、この経済財政諮問会議を衣替えして、外交面も見させようという意欲的なものらしい。メンバーは10人程度の国会議員と10人程度の民間人を想定しているようだ。権限も規模も大きくなった分舵取りも難しくなると思われる。前内閣の経済財政諮問会議の二の舞をふまないよう、まずは菅担当大臣のリーダーシップに期待しておこう。

民主党が官僚支配の象徴のように目の敵にする事務次官会議。法律の裏付けがある存在というわけでもないのに閣議に挙げる案件を決めるとはけしからん、というわけだが、逆に考えれば無視したって一向に構わん、ということにもなる。実際、安倍内閣では事務次官会議を通らなかった案件を閣議にかける、ということもあったようだ。事務次官会議の実権がどれくらいあったのかはよく分からないのだが、所詮その程度のものだった、ともいえる。実害があんまり内容なら、これは形から入るのも妥当そうだ。

霞が関に政治家を100人送り込む、というとなかなか勇ましいように聞こえるが、じゃ今いったいどれくらいの政治家が霞が関に乗り込んでいるんだろう、と調べてみると、大臣に副大臣、政務官、首相の政務秘書官など合わせて70以上のポストがある (「ポストがある」という言い方をしているのは、大半は政治家だが民間出身大臣がいるなど、政治家とは限らないから)。数字だけ見れば結構な数に見えるが、なかなか機能しなかった、ということなのかもしれない。ここは、数を増やすという形だけでどうにかなるもんじゃなさそうな気がしている。

今は参院こそ与野党拮抗しているが、衆院は与党が絶対安定多数を持っているので割と余裕を持って出せる数だが、両院とも拮抗していれば与党の議員数は合わせて360人くらいということになり、うち100人政府にもってかれると国会にはろくな人材が残らないんじゃなかろうか、と心配になってしまう。いや、今も両院とも民主党が急に増やしたばかりで、与党の新人議員 (参院は議員歴2年) が180人もいる状態なので、やっぱりつらいかも。安直に副大臣や政務官の定数増やすって大丈夫なのか知らん。

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このページは、みが2009年9月16日 22:51に書いたブログ記事です。

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